森耕治の西洋美術史論 セザンヌの「リンゴとオレンジのある静物画」

「リンゴとオレンジのある静物画」ポール・セザンヌ 1899年 オルセー美術館

「りんごでパリを驚かせたい」そうセザンヌがたびたび口にしていたことを、19世紀の著名な美術評論家ギュスターヴ・ジェフロイは回顧しています。果たしてセザンヌが願った通り、彼が9枚制作したリンゴの連作は、パリどころか世界中を驚かせることとなりました。中でもその完成度が最も高い一枚が、オルセー美術館所蔵「リンゴとオレンジのある静物画」なのです。

「画面概略」

斜めに置かれた木の小さなテーブルに、白い布が無造作に投げかけられ、合計25個のリンゴとオレンジ、それに水差しが置かれています。セザンヌの故郷エクス・アン・プロヴァンスで一般公開されている「セザンヌのアトリエ」には、この静物画とほぼ同じように、白い布がかけられた小さなテーブルに足のついた果物皿が置かれていました。

オレンジは白い足つきの果物皿に乗せられています。隣の水差しの向こうには、植物模様のカーテン地が、テーブルの端にひっかけられて、床まで垂れています。さらに画面左上には赤と青の絨毯らしきものが描かれていますが、もはや非論理的で非空間化された模様のように見えます。

ところで、この絵を眺めていると、画面上の空間が歪んでいて、リンゴとオレンジが勝手に動き出し、果物皿が倒れそうに感じられます。セザンヌは、絵画の歴史の中で、果物をまるで生き物のように描いた最初の巨匠でした。

画面を見れば果物たちは木のテーブル上乗せられていることがわかりますが、それも画面右端にテーブルの足が見えて、左下にテーブルの縁がのぞいているから、かろうじてそう認識できているに過ぎません。リンゴが5個乗せられた皿を見てください。皿自体が傾いていて、今にもリンゴがこぼれ落ちそうです。他のリンゴも、同一平面上に描かれておらず、今にも白いシーツから飛び出してしまいそうです。言い換えれば、セザンヌは被写体から切り離された、新しい「現実」を画面上に創り上げたのです。

セザンヌのアトリエ

また、白い足つきの果物皿を見てください。足が歪んでいて、皿そのものもいびつです。一方で、中のオレンジは完璧な球状に描かれています。その横の水差しは、よく見ると左に傾いています。

この非論理的な円い赤とオレンジ色の動きに呼応するかのように、画面上部を占めるカーテン地と絨毯のやや紫色がかった空間がコントラストとなり、画面の不安定さを増しています。

そんな画面上部の激しい色と形のコントラストに対して、画面の下では、テーブルの足と画面の下につき出る白いシーツが、縦の動きによって一種の安定感を出し、全体を統一しています。

ここでもセザンヌは、伝統的な遠近法と描写法を根本から破壊してしまいました。彼の友人パブロ・ピカソも「そもそも芸術とは破壊的なものだ」と語ったことがあります。アカデミックな考え方なら、テーブルは水平に配置し、明らかにテーブルだと分かる形で見せて、その形に応じて果物や皿を同一平面上にきちんと描くはずです。言い換えれば、見るものに、対象物がどの平面に並べられているかを説明可能にせねばなりません。

セザンヌ自身も、本作の前に描いた「カーテンのある静物」では、テーブルは水平に置いて、クラシックな構図を採用していました。しかし、並みの描き方では満足しないのがセザンヌです。この作品では、テーブルを斜めに置いたうえ、テーブルそのものをカーテン地と絨毯によって覆い、見る者がどの平面上にリンゴやオレンジが置かれているのか判断不可能にしています。

そのおかげで、セザンヌは対象物を自由な位置で、自由な方向で描くことができたのです。またその結果、リンゴやオレンジ、皿は相互関係が希薄な空間にてんでバラバラに配置されて、結果的にそれらが飛び跳ねているように見えるのです。

「カーテンのある静物画」1895年 エルミタージュ美術館
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