• JEPAA Member
  • Essay
  • Teruko Miyakawa
  • エッセイ
  • 宮川輝子

SCROLL


作品一覧

view more


対談記事

2025年特別対談 平手宗子×エリック・デュバリ

今なお第一線を走る日本女性の代表として、明日への輝くエール

エリック・デュバリ(以下 デュバリ):宮川輝子先生、お久しぶりです。パリでお会いして以来ですね。お元気そうでよかったです。お着物も相変わらず美しい、素敵ですね。

宮川輝子(以下 宮川):ありがとうございます。でも、今は寒いから、服装選びも大変です。それでもエリックさんのいらっしゃるパリの方が冷えるのではないですか?

デュバリ:確かにパリの冬は寒いです。しかし東京も寒いですね。来てみて驚きました。

宮川:そうでしょう?

デュバリ:しかし、今日は寒さを気にしていられません。宮川先生とお会いできることを楽しみにしていました。

宮川:ありがとうございます。

デュバリ:それでは、さっそく今回の作品『人生は70歳がピーク』について伺っていきたいと思います。執筆はどのようなきっかけだったのですか?

宮川:タイトルにありますとおり、70歳過ぎた頃に書き始めました。『八十九歳 凛として今を咲く』に収録されたエッセイの一つです。私は、人間というのは、本当に何かに夢中になれるのは60歳からだと考えています。子育てや仕事など、色々なものから解放されますから。とくに女性はそういった面が強いですね。60歳で女性たちが自由になって、だんだんと充実して、やりたいことをやって欲しいという思いがこもっています。振り返ってみても、本当にあの頃はまだ生気が漲っていましたね。でもあの時から、もう20年が過ぎました。やはり体力的にはどうしても衰えてしまったと感じます。でも今年パリに93歳で行ったのだから、大したものでしょ?

デュバリ:とんでもない、宮川先生ほど若い人は私も知りません。前回もそうですが、年齢を聞くたびに驚いてしまいますよ。まったく、90歳過ぎているなんて思えません。私もそろそろ70歳になります。ですから、宮川先生の執筆された『人生は70歳がピーク』の伝えたいことも、自分なりに解釈ができるようになってきました。昔は70歳なんてかなり高齢なイメージがありました。しかし自分がいざ到達してみると、思っていた70歳とは全然違いますね。

宮川:体も動くでしょ? 運動したり、時間さえあればどこでも行けますよ。仕事や子育てなど色々と束縛するものもありませんから、かえって身軽になっていると思います。

デュバリ:確かに、思っていた以上に若いし、体も動きます。同時に、まだ未熟だとも思うことがありますね。私の身の回りの年上の人たちは、心が洗練されているように見えていました。しかし自分がいくら年を取ってみて、不安や悩みがちっとも減っていないことに気付かされました。ただこの年齢になると、流石に精神的に落ち着きが出てきたかもしれません。

宮川:自分がなってみないとわからないことは多いですよね。そんな思いがあったことも、執筆するきっかけとなりました。私の若い頃は、年取ったらおしまいみたいな印象がありましたし、今でもそういった風潮は残っています。でも日本の女性たちには、その流れに負けないでほしいですね。そもそも日本の女性は、他人のために生きる人が多いです。家族のため、子どものため。でも70歳から本当の自分になります。

デュバリ:そうですね。人間は1人で生きることはできませんが、だからと言って周囲の他人のために自分自身を抑圧するべきではありません。男性も女性も、ちゃんと自分のために生きるべきですね。

宮川:そうですね、昔の女性は、誰かに依存して寄り添っていました。依存せず、共に手を取り合ってもらいたいと思っています。

デュバリ:ここまでお話を伺っていると、宮川先生は口にされる言葉の一つ一つに力強さがありますよね。普通の佇まいがいつも凛とされているように見えます。何か秘訣はあるんですか?

宮川:ありがとうございます。でも、これといって何か特別なことはしていないですよ。普通ですね。日々きちんと生きることを大切にしているだけです。

デュバリ:ちなみに宮川先生の目には、今の日本の女性たちはどのように映っていますか?

宮川:今の日本の若い女性たちは、独立自尊できていて素晴らしいと思います。私も若い頃からあんな風に生きられたら楽しかったでしょうね。

デュバリ:しかしその分、伝統が失われるということもあるのではないでしょうか?

宮川:伝統が必ずしもいいものではないですよ。良い伝統と悪い伝統があります。例えば着物の文化も、こうあるべきだという約束事が多すぎますよね。この鞄を持たなきゃとか、履き物は足袋でなければとか、自分たちでわざわざ着物を着る機会を狭めてしまうだけです。そうではなくて、足袋形のハイヒールを作るとか、現代に合わせて柔軟に変化しなくてはいけません。悪いものはどんどん取り除き、良いものをしっかりと高めていくべきですね。そうすることで、日本の文化も磨かれていくと思います。古いものをただただありがたがって守っていくだけでは、悪くなってしまうだけです。

デュバリ:何と言いますか、とても柔軟な考え方ですね。人間は年を取るほど保守的になって、新しいものを受け入れたり、変化していくことが苦手になります。宮川先生はまるで逆行しているかのようです。ところで、執筆活動は現在もやっていらっしゃるんですか?

宮川:依頼があればいつでもやっています。意欲は高いです。

デュバリ:普段、執筆活動が無い時はどんな風に過ごしていらっしゃるんですか?

宮川:父の代から続く会社がありまして、今もそこの一員として在籍しています。以前はかなり苦しい時期もありましたが、なんとか軌道修正して今に至ります。

デュバリ:素晴らしいですね。どんなことをされている会社なんですか?

宮川:ブランコやジャングルジムのような遊具を作っています。でも戦時中は爆弾を作っていました。今にして考えると、大変な転換ですよね。

デュバリ:確かにそうですね。しかし誰かを傷つけるものより、子どもが楽しく遊べるものを作る方が絶対に良いですよ。ちなみに今の若い社員の働きぶりはどうですか?

宮川:若い人はやる気があって素晴らしいですよ。むしろ年寄りの方が良くないですね。若い人たちの活躍を促す手助けにならなくてはいけません。

デュバリ:無闇にコントロールせず、若者の後押しをした方がいいということですね。

宮川:でもだんだんと変わってきていると思います。日本は戦争に負けて、GHQが全てまっさらにしてしまいましたが、だんだんと復活してきました。そして今年は、女性の総理大臣が誕生しました。これからの日本の女性たちの活躍に期待しています。

デュバリ:我々フランス人から見ると、日本は真面目な働き者、働くことを美徳としているように見えます。しかしそれだけではありませんよね。日本は本当に素晴らしい可能性を持っていると私も思います。

宮川:私もそう信じています。まだまだこれからだと思いますね。

デュバリ:宮川先生も、ぜひまたパリに来てください。

宮川:ありがとうございます。光栄です。それと、私からもいいですか? エリック先生の絵画を拝見しましたが、とても素敵ですね。日本的な美しさがあるように私には見えました。

デュバリ:嬉しいです。日本の絵は線を大事にしていますが、私も動きの中で線の軌跡を大事にしているんですよ。本当に今日はありがとうございました。


過去の特別対談

日本とドイツ、国を超えて
通じ合う伝統文化への想い

2024年日本ドイツ特別対談
インタビュアー:ミハエル・スチューデント

Read more

凜として輝き続ける
日本女性の代表

2023年日本ドイツ特別対談
インタビュアー:ゲルマー・トモコ

Read more


Special Site / 特設サイト

特設ブース in JAPAN ART FESTIVAL2025
会期:2025年9月19日~21日
会場:ハル・ドゥ・ブラン・マントゥー(フランス・パリ)
主催:一般社団法人 日欧宮殿芸術協会
運営:クリエイト・アイエムエス株式会社

特設サイトへ


経歴

宮川輝子 Teruko Miyakawa

1933年 東京都出身
日本女子大学卒業
環境公害研究所設立
作品出展国遍歴(JEPAA関連事業):ドイツ、シンガポール、カナダ他

Contact

Safari未対応