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対談記事

2025年特別対談 長岡美和子×エリック・デュバリ

海を超えて通じ合う創作のインスピレーション

エリック・デュバリ(以下 デュバリ):長岡先生、お久しぶりです。先生とは、2022年の「日欧宮殿芸術祭2022in パリ」でお会いして以来ですね。あの時は素晴らしい揮毫を披露していただきました。私も夢中で写真を撮っていたことをよく覚えています。

長岡美和子(以下 長岡):はい、私もよく覚えています。あの時は良くしていただき、ありがとうございました。

デュバリ:今日は長岡先生の書について、深い部分のお話を伺えればと思っています。早速ですが、長岡先生といえば一字書で印象的な作品が多いですよね。

長岡:そうですね、「一字書シリーズ※1」と銘打って、制作を続けています。

デュバリ:今回の作品「真」もその一つと聞きました。何か書籍や文学作品を読んで、その中からピックアップするとのことですが、どんなきっかけでそのスタイルが生まれたのでしょうか?

長岡:本を読んでいて、ふと活字が浮き上がってくるように錯覚したことがあったんです。それがきっかけですね。本や文芸の作者は、みなさん何かしら教養を持って書いています。本人の歴史、読者に訴えたいこと、その二つの柱が本にはあると思います。読み進めながら自然にそういった要素が頭に蓄積されていき、パッとインスピレーションが浮かんだのではないか、それが文字が浮かぶように見えたのだと考えています。

デュバリ:実に不思議で、しかし興味深い体験ですね。私も初めて聞きました。

長岡:表現に対する欲求の発展なのかもしれません。自分がわからないことは、表現できないでしょう? 書籍を読むというのは、他者の知識や発想を借りるという行為と捉えているんです。

デュバリ:実は私も、何の前触れもなく、ふっと絵のインスピレーションが浮かぶことがあります。本能的に作品のアイディアが降ってくるんです。何か書籍や文学作品など明確な対象があるわけではないのですが、私も長岡先生と同じ現象を利用しているのだと思います。

長岡:言うなれば、私たちの肉体は一種の表現のための道具だということでしょうね。

デュバリ:同意見です。実は私の創作活動は、特に動作に重きをおいています。インスピレーションが降りてきて、私の体を通して作品が表現され、形になると考えています。話は変わりますが、初めて長岡先生の作品を見た時、コンテンポラリーアートのようだと感じました。漢字が自由に生きているように見えました。私の書に対するこれまでのイメージとはまったく違うものでした。どうしてこのようなスタイルを実践するようになったのでしょうか?

長岡:漢字は、本来一つの意味しかないです。しかし文学に用いられることによって、新たな広がりが生まれます。フランス語で言えば、例えばセ・ボンも、単なる一節ですが、文学に入ることによって新たな含みが生まれるでしょう? 私はそこに魅力を感じました。また、文学シリーズという着想を除いた一字書の表現は墨象※2と言いまして、私の師匠(上田桑鳩※3)から感情芸術として習ったものです。この墨象という表現について申し上げると、あくまで字という形をとっているだけ、と考えていただいていいと思います。

デュバリ:字や文章という形式を守ることに美徳があると考えていました。しかし書表現も非常に自由で、そして内面的な表現が大切であり、その点で絵画と同じだとよくわかりました。そういえば長岡先生は、絵も描かれるそうですね。

長岡:はい、抽象画も学んでいます。

デュバリ:日頃から書道にエネルギーを注がれていると、逆に絵を描いている時の方がリラックスになるということはありませんか?

長岡:確かに書はきれいに書くという理念があるので、神経を使います。しかしずっと書き続けることで、感情が投影されていくようになりました。もう書をやり始めて45年経ちますので、ようやく無心で書けるようになってきたように思います。

デュバリ:作品の一つ一つに、その瞬間の長岡先生がいるということですね。

長岡:そうですね、感情を込めるということは、つまり書作品は私自身でもあるということになります。そういうものに出会えたことは幸せですね。

デュバリ:書の話を聞いている時の長岡先生は幸せそうです。本当に書を愛していると伝わってきます。

長岡:逆にデュバリさんに質問なのですが、抽象はいつから描いていたんでしょうか? 具象画と並行してやっていたのでしょうか?

デュバリ:私が本格的に画家として活動を始めて、今年で20年くらいになります。駆け出しの頃は、自分がどんな絵を描いたらいいかわからず、いろんなスタイルを同時進行で試していました。しかし抽象画に出会ったことで、自分が解放されたような気持ちになったのを覚えています。何を表現するかよりも、所作そのものが面白くなっていきました。絵を描く動作は、バイオリンなどの楽器をひくのと同じように捉えるようになりましたね。それからだんだんと、絵の具を塗っていくという行為から、塗った絵の具を取り除いていく行為へと変わっていったんです。そして、重要なのは、絵の具の中に自分という刻印を刻んでいくことだと気づきました。

長岡:それは、まさに抽象画に出会ったということですか?

デュバリ:そうだと思います。

長岡:感情を込める、自分自身を託せるもの、そういった出会いがあるかどうかというのは、人間にとって非常に重要なことですよね。

デュバリ:全くその通りですね。時に、これまでやってきたことを忘れてしまいますから。その時間は、人間にとってとても大事だと思います。

長岡:忘れられない人は、そこ―つまり、これまでに関わってきた様々なしがらみに囚われているということでしょうね。忘れてしまうと言えば、私の場合、作品を書く時に音が聞こえなくなります。必ずしも集中しているからということではないですが、書に向かい合うと、自然にそうなるようになりました。

デュバリ:その瞬間、別の次元に飛び立っているのではないでしょうか?

長岡:確かにそうかもしれないですね。終わって音が聞こえ始めると、どっと疲れが出てくるんです。

デュバリ:私もその感覚はわかります。私も音楽を聴きながら制作することもありますが、空腹などの雑念は、絵に向き合っている間は全てなくなってしまうんです。その気持ちが共有できただけでも、今日はお会いした甲斐があります。本当にいろんなことを学ばせていただきました。ぜひまたパリにいらしてください。そして、素晴らしい作品を披露したり、創作に関するお話を聞かせてください。

長岡:ありがとうございます。確証はできませんが、またどこかでお会いできることを楽しみにしています。

注釈

一字書シリーズ(いちじしょ-)
書家の長岡美和子が長年にわたり取り組んでいる代表的な表現スタイルのひとつ。文学作品や哲学書、詩集などをじっくり読み込み、そこから感じ取った「ひとつの漢字(一字)」を選び、その一文字だけを大きく書くという試み。また近年、スタジオMで開催されている長岡氏の個展のタイトルにも用いられている。

墨象(ぼくしょう)
戦後日本に生まれた前衛書道の表現様式。文字の意味や読みやすさよりも、墨や筆の動き、線や形そのものを造形として捉える点に特徴がある。伝統的な書の枠を超え、抽象美術に近い表現を目指したもので、1950年代を中心に展開された。上田桑鳩は、墨象を理論的にも実践的にも推進し、書を現代美術の文脈へと接続した代表的な書家の一人である。

上田桑鳩(うえだ そうきゅう)
1899-1968 昭和時代の書家。明治32年5月11日生まれ。比田井天来(ひだい-てんらい)らにまなぶ。昭和8年書道芸術社、15年奎星(けいせい)会を結成、美術としての書をめざす。戦後は前衛書道の運動につくした。昭和43年9月4日死去。69歳。兵庫県出身。二松学舎専門学校卒。名は順、容煕(おさひろ)。別号に錦谷など。著作に「臨書大鑑」など。


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アートヒストリー

序文
書道という芸術は常に伝統とどう向き合うかを求められる。常に何かと対峙しなくてはならない状況 をどう捉えるかは人それぞれだが、多くの人はそれ をネガティブなものと捉えがちだ。一方で数少ない 芸術家はポジティブに捉え、優れた表現を生み出し ている。中でも文学作品を取り入れた長岡美和子氏 の取り組みは非常にユニークであり、すでにこの創 作を18年にわたって展開しているものの、今なお色 褪せることなく新たな創作世界を切り拓き続けてい る。ここではそんな長岡氏の生い立ちと、文学と書 が邂逅する独自の表現が誕生した歴史を振り返りたい。

幼少期-書の道を切り拓くまで
長岡美和子は1945年、富山県に生まれました。小さな頃から利発で何か一つの事に興味を抱くとそれ を突き詰める探究心の強い子どもだったようです。 書についてもっとも古い記憶は、小学5年生で始 まった毛筆の授業まで遡ります。その時に嗅いだ墨 の香りに魅了され高校では書道部に在籍しました。 卒業後も進学先に書道に関する学科を求めたものの、 当時在住していた関西圏では該当する大学がないた め已む無く断念。近畿大学の理工学部数学物理学科 へと入学すると、書道研究墨ぼく濤とう会かいに所属して書道を継続することとしました。しかし当時顧問を務めていた前衛書道家の酒井葩雪先生、さらにはその師匠の上田桑鳩先生に出会ったことで、長岡氏の書の道は一転します。前衛書道についてほとんど予備知識もありませんでしたが、言われるまま、見よう見まねで取り組んだそうです。一方で大学の授業もありますから、とにかく考える間も無く勉強と書道に試行錯誤と悪戦苦闘を繰り返す日々を過ごしました。ご自身でも「全く周りも見えず考えられなかった時代」と自著「墨象の世界」で回想されており、長い半生の中でも極めて苦しい時期であったと言えるでしょう。

長岡美和子作品集 『墨象の世界』

それでも長岡氏の中で書道への情熱が消えることはなく、卒業後も酒井先生の教室で懸命に研鑽を積み上げていきました。こうして駆け出しの頃を振り返ると、決して書道の環境として恵まれていたとは言えないかもしれません。しかし長岡氏は「たとえ困難であっても“書道が好きだ”という自分の気持ちを突き詰めたからこそ今日の自分がある」と考えています。

書と文学の邂逅
2008年11月、長岡美和子氏は自身の個展でそれま でにない新たな書表現を展開します。小林秀雄 (1902-1983 文芸評論家)の評論全集を題材に、心の 琴線に触れた半ページもしくは1ページから一字を 抜粋して書に表すのです。これまで個展で発表する 作品の題材を日常生活や辞書の中から選び上げてい ましたが、この展覧会では小林秀雄の評論全集という共通項で結ばれた作品群が構成されることとなりました。これにより、作品の世界観が一層奥行きあるものになり、さらに発展したと言えるでしょう。
しかし長岡氏によれば、当初は小林秀雄ではなく中村真一郎の文学を題材にするつもりだったと言います。ところがいざ中村真一郎の本を読み進めてみても、内容は面白いのに肝心の漢字が一向に選び出せず、悩んだ挙句、中村真一郎を想起するきっかけとなった小林秀雄へと方針を変更することにしたわけです。そもそも文芸作品からテーマを導き出すアイディアも、元々はランボオ(1854-1891 フランスの詩人)の詩集から着想を得たもので、その詩集を翻訳した小林秀雄、さらにその交友関係から中村真一郎を思い出すに至ったとのこと。こうしたイレギュラーな動きについて、長岡氏は上田桑鳩先生の「書は感情芸術である」という言葉に合点が入ったと振り返ります。確かにいくら良い文学作品であれ、心の琴線に触れる何かがなければ筆を取ることができないというのは、書の芸術としての本質に感情が重要な役割を持つゆえのことなのでしょう。
ところで長岡氏は以前より古書店を習慣的に巡るほどの日本文芸愛好家であり、文芸に関する深い知識とそれを読み解いて自分のものにできるだけの知性を兼ね備えていました。それが表す字を選び出すという過程により重要な意味を持たせると共に、自身の個性や生活習慣も作品の一部とする事に成功しています。

また上記のとおり「心の琴線に触れるかどうか」が文字選びの中で重要になっている点も見逃せません。テーマとなる文芸作品について長岡氏は「昔の作家は今では考えられないほどのパワーを持った方が多いですね。文芸に限らず中身のあるものに惹かれるので、どうしても先人の作品を選ぶことが多くなってしまいます」と述べています。
実際、続く第26回展では埴谷雄高の『死霊』を、27、28回展では芥川龍之介の作品集(主に初期作品)、29回展では横光利一の全集を選択され、2021年に中原中也の詩集、2022年にはその中原のエッセイを書いた永井龍男の『散歩者』が選ばれていますが、永井龍男は本シリーズの原点となる小林秀雄と同人誌『山繭』を創刊するなど昵懇の仲にありました。次回、再びここで小林秀雄に回帰するかもしれないとの余韻を感じつつ、ファンは長岡美和子氏の新作を待ち侘びる事になるのでしょう。

43回目の個展にて


個展

特設個展ブースin アジアジャパンアートビエンナーレ2020
会期:2020年6月4日~6日
会場:アートハウス(シンガポール)
主催:一般社団法人 日欧宮殿芸術協会
運営:クリエイト・アイエムエス株式会社


特設サイト

特設ブース in FOUND ART & CULTURE JAPAN
会期:2024年10月30日~11月05日
会場:アルマンド・ショモ ギャラリー(フィレンツェ)
主催:一般社団法人 日欧宮殿芸術協会
運営:クリエイト・アイエムエス株式会社

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経歴

長岡美和子 Miwako Nagaoka
1945年 富山県出身
近畿大学理工学部卒
師:上田桑鳩
作品出展国遍歴(JEPAA関連事業):ドイツ、フランス、イタリア、カナダ他

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