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© 2026 Keisui Morikawa.
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HALLE DES BLANCS MANTEAUX
2025/9/19 – 21
Keisui Morikawa
森川畦水
Keisui Morikawa est un calligraphe japonais et membre de la Japan-Europe Palace Art Association.
Ses œuvres ont été exposées non seulement au Japon, mais aussi dans de nombreux pays à travers le monde.
森川畦水は日本の書家。日欧宮殿芸術協会の会員。
日本のみならず世界各国に作品を出展。
Waka de Morikawa Moritoshi « Les poules domestiques reconnaissent le bruit de mes pas – et elles caquettent – à la tombée de la nuit en été. »
Œuvres exposées
展示作品
Waka de Morikawa Moritoshi « Les poules domestiques reconnaissent le bruit de mes pas – et elles caquettent – à la tombée de la nuit en été. »
森川司俊詠和歌一首 飼ひ鶏は我が靴音を聞きわけてくくっと鳴けり夏の夕暮れ
Commentaire de l’artiste
Chez moi, autrefois, nous élevions des poules.
Tout a commencé le jour où, m’ayant vue marcher péniblement après un accident, une amie inquiète m’apporta trois œufs de poule soie, enveloppés dans du papier.
Une autre amie me donna aussi des œufs de bantam. En les couvant ensemble, naquirent et grandirent en pleine santé deux poules et un coq.
Un soir d’été, en rentrant épuisée, l’une d’elles reconnut le bruit de mes pas et poussa un petit cri — « kugu » — pour prévenir les autres.
Si ç’avait été un être humain, elle m’aurait dit : « Allons, rentrons. »
Cette scène m’a rappelé le poème du moine Jakuren :
« La tristesse n’est pas seulement dans les couleurs : le soir d’automne sur la montagne aux cyprès japonais. »
J’ai choisi un poème sur le thème du « soir d’été » en écho à ce souvenir.
Aujourd’hui, ni mon mari ni les poules ne sont plus là.
Ma mélancolie n’égale pas celle que Jakuren exprima il y a mille ans, mais ce poème continue de toucher profondément mon cœur.
作者コメント
私の家では、三年前まで鶏を飼っていました。
きっかけは、私が交通事故に遭い、つらそうに歩いている姿を見かけた友人が、心配してウコッケイの卵を三個、大切に紙に包んで持ってきてくれたのです。
また、別の友人からチャボをいただき、卵を温めたところ、メス2羽とオス1羽が生まれ、元気に育ち、増えて十年も飼っていたのです。
疲れて帰宅すると、私の足音を聞き分けた私のニワトリが「くくっー」と鳴いたのです。それは夏の夕暮れのことでした。微笑ましい夏の夕暮れです。
寂蓮法師の秋の夕暮れは寂しさの極まりにいます。今は、主人も鶏もいません。
千年前に詠まれた寂蓮の「寂しさはその色としもなかりけり 槙立つ山の秋の夕暮れ」の寂しさには及びません。
が、今なお心を打たれる歌なのです。
Présentation du poète de waka
Morikawa Moritoshi (森川司俊, 2 décembre 1933 – 23 juin 2022)
Diplômé du département de littérature japonaise de la faculté des lettres de l’université Waseda, il fut disciple du poète de tanka Kagoshima Juzō.
Il enseigna la langue japonaise dans des lycées publics de la préfecture de Saitama et, lors de son poste au lycée de Kōnosu,
il fut le professeur principal de Morikawa Kesuï, alors élève, dont il corrigea et guida les œuvres de tanka.
Sous le pseudonyme Mori Shizuo, il écrivit le roman Onnagata Densetsu (« La légende de l’onnagata »),
qui reçut le second prix du Prix littéraire de Saitama et fut publié en feuilleton dans le journal Saitama Shimbun.
和歌作家の紹介
森川司俊(もりかわ もりとし)1933年12月2日〜2022年6月23日
早稲田大学文学部国文学科を卒業。歌人・鹿児島寿藏に師事。
埼玉県立高等学校で国語教師を務め、鴻巣高等学校勤務の際には、生徒であった森川畦水の担任として、その短歌作品を添削・指導した。
ペンネーム「森静雄」で執筆した小説『女形伝説』は埼玉文学賞準賞を受賞し、同作は埼玉新聞に連載された。
Critique de la Japan-Europe Palace Art Association
Dans les œuvres calligraphiques de Keisui Morikawa, circule un souffle subtil — une vibration invisible où les mots et le pinceau semblent entrer en résonance. Cette sensibilité s’exprime particulièrement dans les pièces inspirées des poèmes de son mari, Shijun Morikawa. Là, l’artiste ne cherche pas à imposer sa main : elle ajuste plutôt son geste au rythme du souffle poétique, avec une délicatesse de trait qui révèle une volonté retenue mais pleinement assumée.
Son travail, nourri de l’esthétique traditionnelle de l’écriture kana, tisse une harmonie sensible entre la continuité des lignes et les silences qu’elles ménagent. Ce n’est pas seulement l’œil qui est convoqué, mais presque la peau — tant la texture visuelle semble douce au toucher. La légèreté des traits, leurs frémissements et les espaces qu’ils dessinent, composent une œuvre où le silence parle.
Au-delà de la beauté des lettres, c’est l’acte d’écrire lui-même qui s’élève, jusqu’à toucher les replis les plus fins du cœur humain. Et c’est dans chacun de ses gestes que Morikawa en donne la preuve, sans jamais élever la voix.
日欧宮殿芸術協会評
森川畦水の書には、ことばと筆とが交感する繊細な気の流れが宿っている。とりわけ、夫・森川司俊の和歌を題材にした作品において顕著なのは、書き手の意図を前に押し出すのではなく、言葉の呼吸に自らの筆を同調させていくという姿勢である。その細やかでしなやかな運筆には、抑制の中に凛とした意志が通っている。 伝統的な書の美意識が息づく書面には、連綿と続く線と間の織りが見事に調和し、視覚ではなく触覚に訴えるような柔らかさが漂う。線の揺らぎや余韻に満ちた構成は、視線を導くだけでなく、沈黙の中にことばの温度を伝える。文字の美しさにとどまらず、書という行為がいかに言葉を超え、人の心の襞に触れることができるか。それを、彼女の一筆一筆が静かに証明している。
Compte rendu de l’exposition
展覧会の開催報告
URL du compte rendu de l’exposition
展覧会報告URL
特別対談
森川畦水×エリック・デュバリ
自在の筆線が誘う美しい日本の美
エリック・デュバリ(以下 デュバリ):本日はお会いできるのを楽しみにしておりました。フランスで活動しております、アーティストのエリック・デュバリと申します。
森川畦水(以下 森川):こちらこそ、お会いできて光栄です。森川と申します。本日はよろしくお願いいたします。
デュバリ:よろしくお願いいたします。まず最初にお伝えしたいのですが、とても素敵なお召し物ですね。作品を拝見する前から、強い存在感を感じました。
森川:ありがとうございます。実はこの着物、自分で縫ったものなんです。
デュバリ:本当ですか? それはすごいですね! 今日の森川先生の装いそのものが、すでに表現の一部になっていると感じていましたが、ご自身で仕立てられたと伺って、深く納得しました。しかしこの一着を完成させるまでにも、相当な時間と集中力が必要だったのではないでしょうか。
森川:そんなこともないですよ。でも少しずつ手を動かしながら仕上げました。
デュバリ:本当に素晴らしいです。森川先生は書、私は絵画ということで、扱うジャンルは異なりますが「何かを形にする」という点では、同じ場所に立っていると感じています。私は日本語を読むことはできませんが、それでも森川先生の作品からは、長い時間をかけて培われた技術や感覚がはっきりと伝わってきます。それでは、こちらの作品(「森川司俊詠 和歌一首 “飼ひ鶏は 我が靴音を聞きわけて くくつと鳴けり 夏の夕暮れ”」)についてご説明いただけますか。
森川:この作品は、線だけでなく背景も含めて、夕暮れの空気を感じられるように制作しました。比較的早いタッチで書き、ここに書かれている短歌を通して、作者(森川司俊)の意図や感情が伝わるように意識しています。長い夏の時間が、ゆっくりと過ぎていくような、そんな雰囲気を大切にしました。
デュバリ:なるほど。線の流れがとても自然で、夕暮れ特有の温もりを含んだ時間を感じさせます。静かでゆっくりと日が沈んでいく。その微妙な時間の移ろいが、この作品の中にしっかりと存在していますね。この作品を見ていて線だけでなく、紙の選択も非常に重要な要素だと感じました。
森川:はい。この紙は、以前問屋さんから「こういう紙もありますよ」と紹介されて購入し、しばらく自宅に置いてあったものなんです。昨年、寂蓮の「寂しさはその色としもなかりけり 槙立つ山の秋の夕暮れ」という歌を書として制作しました。その作品に対して、夏の夕暮れはどのように表現できるだろうかと考え、この紙にこの歌をこの書き方でやってみようと思ったんです。
デュバリ:そうでしたか。お話を伺って、紙が単なる背景ではなく、作品の一部として強く機能している理由がよくわかります。文字と同じくらい、紙そのものが語りかけてくるような印象を受けました。
森川:寂蓮の歌はとても寂しさの強い歌で、色を感じさせない世界なんです。それに対して、ここにある作品はぬくもりを意識して書いた作品です。
デュバリ:それらの作品が対比になるように構成されたわけですね。とても素敵な世界観です。この歌は、ご主人様が詠まれたものだと伺いましたが。
森川:はい。主人は短歌をやっていまして、寂蓮の歌に対になるような歌はないかと尋ねたところ、この歌を詠んでくれました。それで、ちょうどその歌の雰囲気にあう紙もありましたし、作品にしようと思ったんです。
デュバリ:とても美しい流れですね。ご主人様の歌が、書として作品になる。その過程自体が、すでに一つの物語になっていると感じます。先生は短歌をテーマにした作品を多く制作されているのでしょうか。
森川:課題によってさまざまですね。この作品は、特にテーマを設けず、自由に書いたものです。
デュバリ:なるほど、自由に。先日パリでも森川先生の作品を拝見しましたが、そのときは、言葉の背景や文脈を十分に理解できなかった部分がありました。それが少し心残りだったのですが、今日こうして直接お話を伺い、作品の奥行きが大きく広がったように感じています。だからこそ、作品を介した対話、そして文化交流の場が必要なのだと、先生とお話をしていてあらためてそう思いました。
森川:そう言っていただけて、とても嬉しいです。
デュバリ:私は絵を描くとき、特にダイナミックな動きを大切にしています。画面の中に動きがなければ、私にとってはまだ完成とは言えません。先生の作品からは、軽やかさと同時に、内側から流れるような力強さを感じます。ところで森川先生ご自身が、日頃、制作において最も大切にされていることは何でしょうか。
森川:まずは、書きたいものに出会うことです。そのうえで、それをどう表現するかを考え、筆の太さや毛の質、和紙の選択にも気を配っています。この作品では、ミンクの毛の筆を使っています。
デュバリ:表現したいものに出会うこと。それは表現者にとって、すべての出発点ですね。道具や技法の前に、まず向き合うべきものがある。その姿勢が、作品に強い説得力を与えているのだと思います。ぜひ、またパリでお会いしたいです。前回の展覧会では、森川先生の作品の背景や魅力を十分にお伝えできなかったことが、ずっと心に残っていました。次にお越しいただけた際には、来場された方々に、私自身の言葉で先生の作品の魅力を伝えたいと考えています。
森川:それはとても嬉しいです。またフランスに行く機会がありましたら、ぜひよろしくお願いいたします。先生の作品も、またフランスで拝見したいです。本当に素敵な絵でした。
デュバリ:ありがとうございます。昨年9月にお会いした際、森川先生が私の作品の線を褒めてくださったことを、今でもよく覚えています。とても励みになりました。
森川:あの線は、どのような道具で描かれているのでしょうか。
デュバリ:細い線が多い作品でしたので、筆やマーカーに加えて、フォークや櫛も使いました。キャンバスを平らにして絵具を流し、完全に乾く前に引っ掻くように描いています。何か埋もれているものを掘り起こすような感覚に近いですね。
森川:そうだったんですね。とても興味深いです。
デュバリ:ありがとうございます。私はこれからも、見た方が「面白い」「もう一度見たい」と感じてくださるような表現を続けていきたいと思っています。最後にお伺いしたいのですが、先生は今後、どのような活動をしていきたいとお考えですか。
森川:これまでは掛け軸として、日本の和室に掛けることを前提とした作品が多かったですが、今後は場所を限定しない作品を作っていきたいと考えています。例えば、テーブルの上に置いたり、天井が低い空間でも飾れるような作品です。
デュバリ:とても素晴らしい考えですね。場所から解放されることで、作品がより多くの人の日常に入り込む。先生の書が、生活の中で呼吸するような存在になる未来が想像できます。ぜひ今後も、パリで先生の作品を拝見できる日を楽しみにしております。本日は本当にありがとうございました。またパリでお会いしましょう。
森川:こちらこそありがとうございます。またデュバリさんとお会いできるのを楽しみにしております。



