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2019年特別対談 長岡美和子×ハイケ・イェローミン

「長岡先生のかすれは本当に美しいですね」

ハイケ・イェローミン(以下ハイケ):長岡先生とは、2019年春の日欧宮殿芸術祭(ウィーン)以来となりますね。お久しぶりです。あの時は素晴らしい揮毫を披露していただき、ありがとうございました。今日は先生の書の創作についてお伺いしたいと思います。まず、今回お持ちいただいた「匂」についてお聞かせください。

長岡美和子(以下長岡):こちらの「匂」という字は、「漂」にも意味の通じるところがありますね。花の香りのような嗅覚を刺激するものではなく、気配とか、存在とかを示すような意味合いも兼ねていると。この作品、題材を三浦朱門の「冥府山水図」からとった作品で、物語は、山水画の絵師たちが、絶景を求めて山の奥深くまで分け入っていく苦悩が語られていまして、多くの絵師が険しさに挫折する中で、遂に絶景に到達した絵師の一人がそれを描くのだけれども、実物の素晴らしさにはまったく及ばないことを思い知らされるんですね。そして最後にはその絵師も息絶えて土に還り、匂いくらいしか残らないと。

ハイケ:それで、「匂」が出てきたのですね。それは小説の中に、実際に使われている字なのですか?

長岡:えぇ、ページの中から、最も物語を象徴する字が、読んでいるうちにスッと浮かび上がってくるんです。これは、私が長年手がけている表現のスタイルで、これ以外にも様々な本をテーマにして、書を表してきました。

ハイケ:とてもインテリジェンスがあり、魅力的な表現ですね。私は長岡先生の書を見て、とくにかすれが美しいと感じました。このかすれの表現というのは、どうやって書いて、どのように違いを作り出すのでしょうか?

長岡:書き方、筆遣いはもちろんですが、墨の質による違いが大きいと思います。硯で墨を擦る時に力を加えれば濃くなりますし、粘り気も強くなる。水の配分で薄くなったり、紙への浸透の仕方も変わってきますね。そもそも墨自体も、純粋な黒とは違いますから、物によって擦った時、水を入れた時の色の具合が変わってきます。鼠色ということもありますが、それはあくまで墨の色のほんの一面に過ぎません。それを、筆一本で書き切っていくわけです。

ハイケ:それを実際にできるようになるには、多くの経験が必要ですよね。

長岡:仰るとおりです。例えば私が作品を書くのに使う筆は、非常に穂の部分が長く、全体に墨をしっかりと行き渡らせてから書き始めます。含まれた墨だけで最後まで書き切るため、穂全体を使わないように気を配りながら進めていくんです。ただ、べたべたに墨を漬け過ぎてもいけません。ちょうど使い切れる量を、適度に筆先に落としながら書けるようになるには、とにかく数多く書いて覚えるのが大切です。

ハイケ:ウィーンで見た揮毫で思ったのが、体の動きが武術の居合道のようだということです。先生は居合道をやっているとお聞きしましたが、書に活かされることなどはありますか?

長岡:書道は全身を使って書いていきますから、その点では共通します。ただし居合道でなくとも、合気道や剣道など、武術は細かな技術こそ違いますが、呼吸法など根っこの部分では同じであり、それは書道にも必要なことですね。

ハイケ:実は先生お会いするにあたり、墨象についても学びました。墨象は中国の書にはない日本独自の書芸術であり、アメリカの抽象表現やアクションペインティングにも影響を与えるなど、すでに世界基準のアートとなっています。そして、その分野で優れた成果を残している長岡先生とお会いして、改めてそのすごさを実感しました。今日も色々と教わりましたが、やはりかすれの美しさですね。本当に感激しました。ぜひこれからも素晴らしい書の世界を表現してください。

長岡:ありがとうございます。個人的にもかすれのある書は好きなのです。なぜなら、難しいから。難しい方が面白いじゃないですか。

ハイケ:素晴らしい。そのお気持ち、まさに本物の芸術家だと思います。

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