長野の自然から学んだ水彩画の美の世界
エリック・デュバリ(以下 デュバリ):はじめまして。藤森先生の繊細な水彩画は、パリでも拝見していました。今日はどうぞよろしくお願いします。
藤森敬三(以下 藤森):ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。
デュバリ:まず今回の作品『秋の国宝松本城』について聞いていきたいと思います。とても美しいお城ですが、これはどちらにあるのでしょうか?
藤森:松本城は、私の地元である長野県の城です。周囲が堀に囲まれているので、四方から良い景色が見えます。絵にするには、良いモチーフではないかと思いますね。
デュバリ:とても日本らしい、それでいて歴史ある雰囲気、風格があって良いですね。私は日本史のことなど知識はありません。しかしこの絵を見れば、とても重要な建造物であることは自然と理解することができます。地元にあるとのことですが、この絵を描いた時はどんな状況だったのですか?
藤森:それが、他の人たちを引率していたので、絵に割ける時間は3時間くらいしかなかったんですよ。
デュバリ:3時間は確かに大変な制約ですね。
藤森:しかし私は、どこから見ても良い城であることは、すっかり頭の中にありました。そこで地元の利を活かして、最も描きやすい場所を素早く選んだというわけです。本当のことを言えば、他の角度の方が階層がしっかり見えるので、凛とした雰囲気にはなります。ただ時間を考慮すると「この角度しかない」と判断しました。
デュバリ:とても面白いですね。確かにスケッチは時間や天気など様々な戦いがありますよね。私はこの作品で捉えた角度は、素晴らしいと思います。まず、両脇の木の位置が良いです。城を見事に引き立てていますよね。とは言え、3時間で持ち帰れる段階まで仕上げるのは大変だったでしょう。
藤森:私は基本的に鉛筆の下書きをしません。ペンなどで線をいきなり決めて描き始めます。これはスケッチで鍛えられた技能ですね。エリックさんが仰られるように、野外では時間も限られますし、天気や太陽もすぐに変わってしまいますから。そのおかげで、この作品も3時間で仕上げることができました。
デュバリ:いや、とても3時間で描いたとは思えないくらい、色使い、グラデーション、よく熟慮されているように見えますよ。それに、緑が美しいですね。水彩の透明感もあって、とても爽やかで心地良いです。
藤森:ありがとうございます。
デュバリ:本当に素晴らしい絵です。優しい印象だけど、それでいて生き生きとしていますね。植物の息遣いが伝わってきますよ。
藤森:でもやはり一番重要なのは構図かなと思っています。木々が前に出てくるように、構図で配置を調整しました。
デュバリ:木の配置は本当にこの絵の重要なポイントですよね。この両脇の木が奥行きを生み出してくれるので、風景に広がりが感じられます。
藤森:ただ、もっと凛とした見栄えになる景色が他にあることを知っていますから、それをどうにか補うためにかなり苦労しましたね。
デュバリ:私はこの作品において一番目が留まったのは、バランスの良さです。絵の中の事象が見事に調和していると思います。
藤森:ありがとうございます。もちろん、完全にあるがままではなく、木の配置など一部を調整しています。
デュバリ:それは画家としての目で判断されていることですから、必要な技術ですよ。
藤森:そうですよね。ただあるがまま写し取るなら、それは写真になってしまいますから。
デュバリ:その上で色彩が意味を持ってくるわけですよね。
藤森:この作品だと、壁の色表現を見てほしいですね。この黒い壁は松本城の特徴で、白黒のコントラストが映えます。これが他のお城だと白い部分が多くなるので、印象が全く変わるんですよ。この作品の白い部分、つまり壁の白い部分や空は、あえて塗り残しにすることで、印象を強めています。
デュバリ:奥行き、引き立てを生み出すため、あえて塗り残しで表現されていますね。
藤森:塗り残しもまた一つの色だと考えています。タイトル、秋の、というところもポイントです。
デュバリ:本当に素晴らしい。このような絵は、私には描けません。ところで藤森先生は、同じ風景やモチーフを季節ごとに描いたり、連作で描いたりすることもあるのでしょうか?
藤森:はい、これまでに様々な松本城を描いてきました。それは私がそうしようと思ったと言うよりは、松本城とその周辺の景観が魅力的だったことが大きいですね。いつ描きに行っても良い景色なのも、このお城の魅力の一つです。
デュバリ:おっしゃるとおり、とても美しい景色であることは、作品を見ればわかります。しかし自然は、その美しさに気づく感性が無ければ理解できません。藤森先生は、いつから自然をモチーフに絵を描かれるようになったのですか?
藤森:小さい頃から自然の美をよく感じていましたね。なぜなら生まれ故郷の長野県の環境があまりにも良かったからです。アルプスや八ヶ岳連峰など、素晴らしい山々がどこにいても眺められますし、平地には美しい田園風景が広がっています。そのおかげで、今までずっと自然を描き続けることが出来ました。
デュバリ:自然に囲まれた環境が、美を学ぶ上で大きな助けになったのですね。
藤森:自然の魅力は、美しさだけではありません。栗などの実は豊富だったし、見るだけでなく、自然を味わうなど様々な感じ方ができたのは大きいですね。もちろん、都会には都会の美しさがあるように、美しさはどこにでもあるものです。でも自分の故郷にとって美しさというのは、やはり自然でした。だから、自ずと自然を描くようになりました。自然が私にとっての美の先生だったわけです。
デュバリ:そうなると、やはりこれまで描いた作品も自然のテーマの絵が大半ということになりますか?
藤森:もちろん自然を描いた作品が多いですね。ただ、純粋に自然だけの作品というわけではなく、その自然の中に建築物など、自然以外の美が組み合わされる景色も描いてきました。松本城もそうですね。その組み合わせが風景に個性をクリエイトしてくれるんですよ。
デュバリ:建築物の精神性は確かに素晴らしいです。自然と合わさることで、美が向上します。画家によっては、人物などと組み合わせるパターンもありますが、先生の場合は建物だったということですね。
藤森:私の場合は人をあえて描かないようにしています。もちろん人を描き込んだこともありますが、要素が増えすぎると絵がぶれやすくなるんです。だから松本城の絵は、自然と建物だけに絞ることにしました。
デュバリ:確かに要素が多すぎると複雑になりすぎてしまいますね。
藤森:もしここに楽しそうな家族を描くこともできなくはないでしょう。でもそれによってグッと良くできる完成図が自分には見えませんでした。
デュバリ:藤森先生が内なる探究をした結果がこの作品ですから、それこそが答えです。それ以上のことはありません。
藤森:話は変わりますが、色々な展覧会に参加していると、私のような絵を描く人をほとんど見ません。逆に抽象的な作品や工芸的な要素が多い絵が増えているように感じます。私の作風は時代遅れなのでしょうか?
デュバリ:そんなことはありませんよ。絵の歴史は藤森先生の描かれるような具象画から始まったわけですし、今フランスでも再び水彩画を描く人が増えていて、水彩画だけを集めた展覧会などもあるんですよ。それに芸術は古い新しいということに縛られず、自分が良いと思うものを真っ直ぐに表現することが大事だと思います。
藤森:ありがとうございます。しかし水彩画は難しいです。描き直しできないこととか、何十年も描き続けてきた今でも、悩ましいですね。
デュバリ:実は私のスタイルも、最初にキャンバスに塗り重ねた絵の具を引っ掻いて表出させる技法を用いています。当然やり直しはできません。ですから、先生の気持ちはよくわかります。
藤森:以前、絵描きの友人から、「油絵は描き直しがきくからいいぞ」と言われたことがありました。でもそう言われると、「じゃあ自分は絶対に水彩画をやめないぞ」と、不思議と闘志が湧いてくるんですよね。敢えて難しいものに挑戦してやろうという反骨心みたいなものでしょうか。
デュバリ:その気持ちは芸術家にとって大事なものだと思いますよ。やはり安易なことに流れると、自分が本当に表現したいものが表現できませんから。敢えてやらないという決断、その大切さですよね。でも今日お話を伺っていて、藤森先生の水彩画にかける情熱を非常に強く感じました。ぜひそのお気持ちを大事に、これからも素敵な絵を描いてください。そしてパリの水彩画家たちと、作品を通して文化交流をしていただきたいと思います。今日はありがとうございました。