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独自性と調和を両立する書の表現者

エリック・デュバリ(以下 デュバリ):本日はこのような貴重な機会をいただき、誠にありがとうございます。フランスで活動しているアーティストのエリック・デュバリです。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

竹中青琥(以下 竹中):こちらこそありがとうございます。竹中と申します。まずはこちら、私の著書『自己不満足』です。よろしければお受け取りください。デュバリさんに向けて、フランス語でメッセージを書かせていただきました。

デュバリ:ありがとうございます。サインまで入れてくださって、とても光栄です。大切にさせていただきます。

竹中:(フランス語の書籍を取り出して)実は今、フランス語を勉強しているんです。

デュバリ:それは素晴らしいですね。多彩な表現活動をされているうえに、語学にも取り組まれているとは、本当に尊敬します。

竹中:大学時代に英語・ドイツ語・フランス語を学びました。一度にやると混ざってしまうので、外国へ行っても一言も話せません。字書だけが頼りです。

デュバリ:継続されていること自体が、表現者としての姿勢を物語っています。この作品はフランス語で書かれているのですね。

竹中:はい。「ESPOIR」(フランス語で「希望」)。以前、英語を教えてくださっていた外国人の先生から、戦時中に捕虜になっていたというお話を聞いたことがありました。その方が収容所で絶望していたとき、鳥籠に「HOPE」と書かれているのを見つけ、それを心の支えに生き延びることができたという話です。ある日、その話をふと思い出したんです。

デュバリ:その方は鳥籠に書かれた言葉を、自分自身へのメッセージとして受け取られたのですね。とても印象的なエピソードですね。

竹中:そうですね。それって「希望」が「平和」につながるのではないかと。その「HOPE」をフランス語に置き換え、その下に平和という言葉を書きました。「平和」という字は、形としてはとても簡単な漢字ですから、言葉の壁を越えて伝わってほしいと思ったんです。

デュバリ:実は私も、フランスで日本の終戦記念日についての番組を見たことがあります。その中では原爆の悲劇が語られていて、「二度と繰り返してはいけない」と強く感じ、その思いから描いた作品がありました。そのタイトルは「平和」です。とても近しいものを竹中先生から感じました。

竹中:そうでしたか。それはぜひ拝見してみたいですね。この作品は、言葉の異なる人たちが見たときにも、できるだけシンプルな構成であれば伝わるのではないかと思って制作しました。

デュバリ:定冠詞を付けずに単語だけを置いている点も、とても普遍的で、強く伝わると思います。私は作品を作るとき、「動き」を最も大切にしていますが、この作品からは、どこに力がかかり、どのようなストロークで書かれているのかが一目で伝わってきます。書としてだけでなく、一つの造形作品としても非常に完成度が高いと感じました。

竹中:書は二度書きができませんから、一発勝負です。

デュバリ:失敗が許されない緊張感ですね。とても難しそうですが、その分惹かれます。今日のお話を聞いていて書をやってみたいと思いました。

竹中:できると思いますよ。先ほどデュバリさんの作品を拝見しましたが、とても繊細な線が印象的でした。特に、色の層を削りながら、埋もれているものを掘り出していくような感覚が面白かったです。遠くから見ると、白と黒が作品の軸になっているようにも感じました。書も基本は白と黒ですから、その共通点も感じましたよ。

デュバリ:まさにその通りです。私はフォークや櫛を使って、色を発掘するような感覚で描いています。よく制作方法を聞かれるのですが、私は「ダンスと書の中間のように描いている」と答えることが多いです。動きとストロークが、作品の核になります。

竹中:それは、ご自身で見つけられた方法ですか。

デュバリ:そうですね。試行錯誤の中で、自然とその形に行き着きました。

竹中:それこそが芸術なのだと思います。人と同じことをしていても意味がない。技術を磨くことも大切ですが、最終的には自分の表現を背負って、荒野を一人で歩き出すような覚悟が必要だと思っています。

デュバリ:おっしゃる通りです。だからこそ、私は先生のこの作品に、先生の感受性そのものが書かれているように感じました。

竹中:そうかもしれません。この作品では、想像もしなかったことが起こりました。チューブから出した絵具を使ったのですが、乾いたときに割れて亀裂が入ったんです。それを見て、とても面白いと感じました。どんなものが生まれるのだろう、とワクワクしましたね。

デュバリ:偶然が作品に新しい命を与える瞬間ですね。よくわかります。

竹中:私は書道なので、同じ文字で作品を何度も書きますが、そのたびに試すことが違います。いわば「実感」を確かめる作業です。その中で、最も手応えのあったものが作品になります。ただ、やはり限界までやり切ることが大切ですね。その限界までやりきったときだけ、思いがけないヒントや偶然が現れてくる。

デュバリ:そこまで踏み込んでいることが、作品からも、今日のお話からも伝わってきます。先生は非常に多彩な表現をされていますが、一貫したテーマのようなものはあるのでしょうか。

竹中:私はもともと、男っぽい字を書いてきました。それが私の基盤です。普通は、その強みを積み重ねて極めていきます。書の分野では特に。ただ私は、一つを極める道を選びませんでした。女っぽい字もやってみなさいと言われたとき、それを拒まず吸収しようとしたんです。

デュバリ:すると、表現のバランスが変わっていくわけですね。

竹中:そうです。男っぽさと女っぽさで五分五分になる。さらにその間の書風を学べば、三分の一ずつになる。そうやって趣きを広げていきました。普通はやらない方法ですが、私にとっては実験することが大切なんです。何でもやってみる。

デュバリ:つまり、自分の殻に閉じこもらないということですね。

竹中:いわば放し飼いの野獣みたいなものです。檻に入れられると、どうしても窮屈で仕方ない。

デュバリ:それこそ表現ですし、先生の人間性そのものだと感じます。

竹中:私もそう思います。展覧会では、独りよがりな作品は出さない。周囲と波長を合わせることも重要だと思っています。

デュバリ:独自性と調和、その両立はとても難しいはずです。それを実践されているからこそ、竹中先生なのだと、あらためて感じました。

竹中:それは、多くの人に教えてきた経験が大きいですね。小学生から大学生、一般の方まで、それぞれに合わせて教える必要がありました。私はまず教育者なんです。

デュバリ:なるほど。優れた教育者は、人を深く観察する力を持っていると言いますからね。

竹中:母が習字の先生だったので、幼い頃から人が字を直される場面を見てきました。幼稚園生の頃に気づいたのは、指摘された箇所は、次の週もまた同じように指摘されるということでした。人が成長する道は、不得手を得意に変えるか、矯正するか、そのどちらかです。だからこそ、注意深く観察し、的確に助言することが大切だと思っています。

デュバリ:その姿勢があるからこそ、のびのびと育てることと、越えるべき壁を示すことの両方ができるのですね。本日は本当に多くの学びをいただきました。教育者としても、表現者としても、これからのご活躍を心から楽しみにしております。

竹中:こちらこそ、とても楽しい時間でした。ありがとうございました。

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