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体験を言葉に託し、短歌とエッセイで残す時代の証言

ゲルマー・トモコ(以下 ゲルマー):本日はよろしくお願いいたします。これまで各国で『月も歩む』を発表していただきましたね。その度に大きな反響をいただき、ありがとうございます。

白﨑龍子(以下 白﨑):こちらこそありがとうございます。今回はエッセイの抜粋ではなく、短歌の作品を出展させていただきました。短歌は、私自身が出版したエッセイ集『月も歩む』の中にも載せているものです。今回は展覧会が冬の開催でしたので、季節や記憶と結びついた作品を選びました。

ゲルマー:どの歌にも先生ご自身の体験が感じられて、とても素敵だなと思いました。まず「漆黒の夜空を〜」の歌ですが、情景がとてもよく伝わってきます。

白﨑:私は中国の東北地方(旧満州)で生まれました。いわゆる引き揚げ者です。そして寺に嫁ぎました。新年には篝火を焚いたり、除夜の鐘が響くのをすぐ近くで見ていました。そのときのことを短歌にしたものです。

ゲルマー:なるほど。お寺に住んでおられるのですね。音の響きや、煙が立ちのぼる様子まで想像できます。続いて、「人は去り〜」の歌もとても印象的です。

白﨑:はい。足もとにすがりつく子供も彫られているので慈母観音と呼ばれている観音様です。もともとは山のお寺に祀られていたのですが、そのお寺が古くなってしまい、私のところで引き取ることになったんです。その観音様を今も祀っているので、その様子を歌にしました。

ゲルマー:こちらの歌にはそんな背景があったのですね。

白﨑:観音様はとてもお優しい顔をしているんです。女性らしい顔つきで、小さな子どもを見ているような表情です。この観音様は、戦災(昭和19年)、震災(昭和23年)によって町が大きな被害を受けたときにつくられたものなんですよ。大きさは170センチほどで、人と同じくらいです。

ゲルマー:人と同じ大きさというのは、象徴的です。寄り添うために生まれた存在だということが伝わってきます。

白﨑:観音様の優しさや温かさが伝わればいいなと思って詠んだ歌です。

ゲルマー:次に「ひたひたと〜」の歌ですが、雪の気配や空気感が表れていますね。

白﨑:雪国の情景を詠んだものです。私の住んでいるところでは、30~50cmくらい雪が積もります。その雪の様子が伝わればいいなと思って。展覧会が冬の開催でしたので、この歌が合うかなと想像して選びました。

ゲルマー:私は現在ベルリンに住んでいて、雪の降る町に住んでいます。雪って場所によって全然違うんですよね。この歌ではベルリンにはない、先生の見た雪が見える感じがしていました。「童らがつくりて〜」の歌も印象に残りました。

白﨑:雪人形は雪だるまのことです。孫が年末年始に来て雪だるまを作るんです。孫が帰ったあとも、そのまま残しておくのですが、暖かくなるにつれて自然と溶けてなくなっていっちゃうんですよ。

ゲルマー:お孫さまへの愛情まで伝わってくるようで、寂しいですけどとても温かい歌です。

白﨑:ありがとうございます。

ゲルマー:最後の「車椅子の夫を〜」も人の温かさを感じる歌ですね。

白﨑:そうなんですよ。ただ夫はすでに亡くなっていて、これは亡き夫との思い出を詠んだものです。夫は早くに亡くなりました。もう亡くなってから13年ほど経ちます。これは中国に行ったときのことですが、夫は旅が好きな人でした。車椅子の夫を支えて行った、最後の旅です。

ゲルマー:そうでしたか。特に思い入れのある旅ということなのでしょうか。

白﨑:そうですね。車椅子のまま飛行機にも乗りましたよ。

ゲルマー:その道中で先生はご苦労されたかもしれませんが、ご主人様にとっても特別な旅になったのではないでしょうか。本日先生とお話して、『月も歩む』も短歌も、ご自身の体験や感じたこと、見てきたものが作品となっていますね。

白﨑:はい。本当にそうですね。『月も歩む』というタイトルも実体験が元になっているんです。私の出身は満州で、『月も歩む』はその時の引き揚げの様子を書いたものですが、子どもの頃、夜道を歩いていると、自分が歩くのに合わせて月も歩いているように見えたんです。その記憶が強く残っていて、この題名としました。

ゲルマー:幼い頃、満州で見上げた月がテーマになっているんですね。それにしても、引き揚げの際はとても大変な思いをされていたようですね。実際に体験された方の言葉にはすごい重みがあるなと思って拝見させていただきました。先生は当時8歳だったとありますが、とても克明に書かれていますよね。

白﨑:不思議とその頃のことをよく覚えていますよ。

ゲルマー:私の祖母も、韓国で終戦を迎えて引き揚げたと聞いています。ただ、あまり当時の話をしたがらないんです。だからこそ、先生のように言葉として残されていることに、大きな意味を感じます。

白﨑:ありがとうございます。街にいた日本人は、都市部と農村部で大変さも違っていました。農村部はとても大変だったと聞いています。私は幸い都市部にいましたのでまだ楽な方でしたよ。

ゲルマー:今では想像もつかないようなご苦労をされたと思います。本の中で特に印象に残っているのが、暑い日に冬の服を着て寝なさいと言われ、夜中に音を立てないようにして住んでいたところを集団で離れたという場面です。とても克明で、強く印象に残りました。満州での体験で、特に印象に残っていることは何でしょうか。

白﨑:とにかく、この先の生活に見通しが立たないことでした。引き揚げたのは8歳でしたが、子どもながらに不安を感じていました。日本に戻ってからも、自分は引き揚げ者だという意識が強くあったと思います。もしかしたら、記憶を留めておかなければいけないと思っていたのかもしれません。

ゲルマー:教科書ではなく、こうして生の声として語られる言葉には、何度聞いても重みがありますね。

白﨑:敗戦という大きな国の転換点で、時代に翻弄された世代でした。明日がどうなるか分からない日々。終戦直後、ロシア兵がやってきて、土足で家に上がり、銃を突きつけて金品を奪っていきました。特に時計がお目当てでした。

ゲルマー:それは想像を絶する体験ですね。ドイツでも似た話を聞きますが、胸が痛みます。

白﨑:私たちが引き揚げる前には、日本人を排斥するような抵抗運動もありましたので、日本人は逃げるしかなかったのだと思います。

ゲルマー:今先生がお話されていることを私たちは後世に伝えていかなければと強く思いました。こうしてお話しいただけることが何より貴重です。先生は、これからこんな活動をしていきたいというようなお考えはありますか。

白﨑:戦争反対の思いはもちろんあります。今、日本から海外に目を向けると、ウクライナやパレスチナなど、胸が痛むニュースが多いですね。自分が体験していないことについて語るのはおこがましいと思いながらも、何かできることがあればという思いはあります。今は短歌を書いていますが、もし可能であれば、少女時代のことを小説として書いてみたいという気持ちはあります。

ゲルマー:それは素晴らしいですね。

白﨑:そういうのができればとぼんやり思っているだけで、その予定はないですが。

ゲルマー:いつか形になった時にはぜひ読ませていただきたいです。今日のお話を伺い、先生の記憶や体験は未来へ手渡すための大切なことなのだと改めて感じました。先生がお話してくださったことを、私も展覧会などを通して伝えていかなければと思いました。本日は誠にありがとうございました。

白﨑:ありがとうございました。

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