体験と思索が交差するところで、「生」を見つめ直す
ゲルマー・トモコ(以下 ゲルマー):ベルリンから参りました、日欧宮殿芸術協会欧州支局長のゲルマーと申します。本日はお時間を頂戴し、誠にありがとうございます。先生はJEPAAの展覧会でも数多くご紹介させて頂いており、以前から作品に惹かれておりました。こうして直接お話を伺えることを、とても嬉しく思います。
町屋肇(以下 町屋):このような機会をいただき、こちらこそありがとうございます。町屋肇と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
ゲルマー:早速ですが、先生の著書『人間は「生きる」ことに対して無神経だ―いま、じっくりと人間を解き明かす』についてお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?
町屋:あの本を書こうと思ったきっかけは、私の生い立ちに深く関係しています。私は一九四二年、旧満州国で生まれました。父は獣医で、軍馬の管理などにも携わっていたため、当時の暮らしは比較的安定していました。一戸建てに住み、子どもながらに玩具もあり、「恵まれている」と言える環境だったと思います。しかし敗戦を境に状況は一変しました。日本へ引き揚げることになったのですが、私たちはハルビンよりもさらに奥、ロシアに近い場所にいたため、帰国の道のりは過酷でした。家族は遠い道のりを移動したのですが、途中で妹が衰弱し亡くなりました。さらに、帰国後すぐに体力を使い果たした母も息を引き取りました。結果的に家族六人が三人と半減しました。―私が「生きる」ということを考えるとき、どうしても立ち戻ってしまう原点は、まさにその経験にあります。
ゲルマー:言葉が見つからないほどです。先生のお話は「大変だった」という言葉では到底収まらないような悲劇そのものですよね。
町屋:私は五才で引き揚げましたから、当時の記憶はほとんど残っていません。幼過ぎたというのもありますが、引き揚げ後に満州の話をすること自体が「御法度」だったんです。周囲も、家庭の中でも、語る空気がなかった。思い出したくないことも思い出してしまいますからね。
ゲルマー:語れない空気、聞けない空気―それ自体が戦後の傷の形だったのかもしれませんね。それでも生き延びた方が、今「生きる」を問い直している。その重みを強く感じます。そして何より、先生の文章は読みやすいです。タイトルは難解に見えるのに、専門用語で読者を置いていかない。
町屋:私の場合、体験から文章が生まれるので、読みやすいと感じていただけるのかもしれません。自分が経験したことを述べているから、読んだ人の体験によって「わかる」部分が生まれやすい。そういう手応えはあります。以前、この種の内容を本にしたいと出版社に持ち込んだことがありましたが、「あまり読む人がいないのではないか」「手に取りづらい題材だ」と言われたこともありました。それでも私は、自分の書いたことを本にしたかった。知人に渡して読んでもらい、「いい内容だった」と言ってくれたこともあります。
ゲルマー:その“手に取りづらい”という評価を越えて、今は国際交流展の場で読まれ、語られている。時間がかかっても、言葉は届くべき人に届くのだと感じます。先生が「残したい」と思ったものが、いま海外の場でも現実に届いているわけですから。それにしても先生は「生きるってなんだろう」ということを軸に大変多くの観点に関して論じられていますね。
町屋:私の関心はあちこちに広がりますが、結局のところ「人間とは何か」「どう生きるのか」に戻ってくるんです。だから、様々な視点から自由に思考を巡らせながら、最後はその問いに向かう。特に『人間は「生きる」ことに対して無神経だ―』はそういう本になったのだと思います。
ゲルマー:私は個人的にAIの章が印象に残りました。ヨーロッパではAIの進歩に対して社会全体が敏感で、とても関心の高い分野です。
町屋:AIの章は体験より、想像として書いた部分が多いです。ただこの先AIが進歩したとき、人間の内側にどんな葛藤が生まれるのか―そこを考えたかった。技術は便利さだけを運んでくるのではなく、人間の姿を照らし返しますから。
ゲルマー:そうなんです。「技術が進むほど、人間が問われる」という感覚がありますよね。便利になればなるほど、思考停止の誘惑も強くなる。だから先生は「無神経」という言葉を、怒りではなく警鐘として置いている。
町屋:ええ。例えば量子コンピューターのような領域に進めば、計算能力の問題だけではなく、膨大な電力が必要になります。そういう側面にも想像を向けないといけない。良い面だけでなく、悪い面も含めて考える必要があると思っています。私は今も、人間と自然の関係性について書くことがありますが、物質のエネルギーにまで想像を巡らせるようにしています。
ゲルマー:それはとても壮大なテーマですね。本当に色々なことに目を向けていらっしゃるんだなと思います。
町屋:体験から想像が生まれると、どうしても書きたくなってしまうんです。
ゲルマー:今日お話しているだけでそれは伝わってきます。言葉が“溢れてくる”というより、“次の問いが自然に生まれる”。先生の好奇心が、思考を前へ運んでいる。
町屋:エネルギーの単位を量子としていますが、それでも測れない単位のエネルギーがあるはずだと思うことがあります。物質の持つ質量から出てくるものですから、もっと分解できる、まだ言葉が当てはめられていないものがあるのではないか、と。そこは未開拓の分野で、足を踏み入れたい気持ちがあります。
ゲルマー:それは、ロマンとも言えますよね。実は、パリの日欧宮殿芸術祭2025にも先生の本をお持ちしたのですが、「この本を売ってくれませんか」と声をかけてくださる方が何人もいました。先生のその探求心は間違いなく人に届いています。そして何より、先生が作品について語られるとき、目が本当に輝くんです。今のお話を聞いて、その輝きが“好奇心”から来ていると知って、すごく合点がいきました。
町屋:知りたいことが次々と出てくるんです。結論は自分の中にある程度あるのですが、それでも本を書いている最中から、知りたいこと、考察したいことが増えていく。私は社会科学と自然科学が根底にあります。いまは二つが独立した学問になっていますが、根はつながっています。私はその立場に立って、物事を捉えていきたいと思っています。「人間とはどうあるべきか」ということは、よく考えます。動物とは違って、人間は理性と知能を併せ持っている。だからこそ、生きる意味や生きがいが薄れてきているようにも見える。一方で、人間は矛盾も抱えています。利権を自分に集めたいという欲望もある。原子力のように、人間に有益な力をもたらす一方で、爆弾にもなってしまう。そういう矛盾を、人間は持っているんです。
ゲルマー:なるほど。先生は、経済学の視点から「人間の本質とは何か」を説かれてこられましたよね。そのきっかけはどのようなことでしたか?
町屋:そこには大学時代の恩師の教えが大きいんです。恩師は講義の最中に突然、「経済とは『生きること』である」と板書し、パスカルの「人間は考える葦である」について述べたんですね。最初は何が何だかわかりませんでした。しかし、その話の中にあった「生理的な側面」と「心理的な側面」を考えるようになって、それが私が書いてきたものの、すべての動機になりました。
ゲルマー:それほど大きな出来事だったんですね。
町屋:私はいま、こうして生きていますが、もしかしたら満州で死んでいたかもしれない。だから「生きる意味」を常に考えてきました。それは私の境遇だけではなく、誰にでも境遇がある。どう生きるかということは、考える必要があると思っています。本来はすべての人が幸せに生きられたらいい。けれど、国の枠組みや立ち位置によって理屈も変わってしまう。それでも、その中で生きる意味を見出す必要性は強く感じます。私は人間が原点に戻る必要があると思って、悲観的になりつつも、希望のある未来を望んで書いたものです。
ゲルマー:悲観と希望が同居している―それが先生の文章の“温度”だと思います。「いまをどう生きるか」という問いは多くの人が考えるべき実践的な問いなのだと思います。
町屋:そうであってほしいですね。
ゲルマー:今日のお話で、私は“考えていなかったものについて考え直す機会”をいただきました。人が普通に生きていることに疑問を持つ。その疑問の中に先生の体験があり、想像があり、社会や環境への視線がある。読者はそこに触れて、自分の存在を照らし返す。だからこそ、一人でも多くの方に読んでいただきたいと、私は強く思います。
町屋:ありがとうございます。私としても、読んだ人が無自覚な生から一歩踏み出し、自分の生のあり方を見直す―そんなきっかけになればと思っています。
ゲルマー:本日伺ったことは、私も展覧会の場で伝えてまいります。先生の言葉が、国境を越えて“自分の問い”として受け取られていく。その橋渡しをしていきたいと思います。そしてこれから先生が書かれる新たな著書も、心から楽しみにしております。本当にありがとうございました。
町屋:よろしくお願いいたします。今日はありがとうございました。