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体験の記憶と自然、素材の可能性を編み上げ、絵画の枠組みを押し広げる表現

ゲルマー・トモコ(以下 ゲルマー):初めまして。日欧宮殿芸術協会欧州支局長のゲルマーと申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。先生とお話できることをとても楽しみにしておりました。

木戸征郎(以下 木戸):木戸です。こちらこそ、よろしくお願いいたします。

ゲルマー:早速ですが、こちらの作品について解説していただいてもよろしいでしょうか。

木戸:これは、五十五年前に私がヨーロッパ留学を終えて日本へ帰国する際、飛行機の中から見た風景がもとになっています。時期は十二月で、北極経由の航路でした。オーロラも見えましてね。しばらく進むと、宙に浮かぶ赤いものがあることに気がついたんです。近づくにつれてそれが朝日に照らされた雪山(マッキンリーの山々)ってことがわかりました。その光景が脳裏に焼き付いて、山を見るたびに、五十五年前のあの瞬間が蘇ってくるんです。私の人生で指折りの感動体験でした。それを直接描き写すのではなく、「もしあの山が日本にあったら」というテーマで描いたのが、こちらです。

ゲルマー:単なる回想ではなく、想像力があるからこそこれほどの作品になっているのだと感じます。

木戸:そう仰っていただけて嬉しいです。私は、あの堂々とした姿を見せていただいたことを、山に感謝しています。私があの光景から得た感動を作品にすることで、作品を御覧になられた方の人生の前を向く活力になったら、それが一番幸せなことです。

ゲルマー:すごく素敵なお考えです。「美しい」だけじゃなく、御覧になる人の内側に火を灯したい、と。だからこそ、山の肌や空気の質感が、ここまで緻密に描かれているのですね。

木戸:ありがとうございます。地球上にこんな場所があるのか、と思ったこと自体が私の原点になっていますし、こちらは特に気に入っている作品です。

ゲルマー:見れば見るだけ惹かれる作品です。先生は制作の際、どのようなことを大切にされているのでしょうか。

木戸:私は「何を、どのように表現したらいいか」を考えています。制作のときに特に注意を払っているのは、①画面構成 ②色合い ③マチエール ④材料 ⑤用具、この五つ。頭の中にあるイメージに近づけるために、ホームセンターへ行って、一般的に絵を描くのには使われないものもよく使います。材料や用具に制限をかけないようにしてます。

ゲルマー:「画材店ではなくホームセンター」というのが、先生の実験精神を象徴しているようで、とても面白いです。

木戸:面白そうな材料があれば使ってみて、楽しみながら制作しています。穀物や袋、線香、ローソクなども使いますし、普通では考えられないような素材を使って作品を作ることもあります。

ゲルマー:素材が変わると、絵具だけでは出ない“生活の手触り”が画面に入ってくる気がします。そして先生は、抽象も具象も手がけていらっしゃる。題材によって、表現の選び方も変えておられるのでしょうか。

木戸:そうですね。具象には具象の良さがあり、抽象には抽象の良さがあります。いろんな様式を、いろんな素材や用具で試していく。その時はワクワクしますね。水の力を借りて、自動記述的な作品を描いたこともありましたよ。

ゲルマー:素晴らしいです。作品ごとに、最適な方法を探し続ける。まさに飽くなき探究ですね。先生の作品には山や海など、自然が多く登場しますよね。自然というテーマは、先生にとってどういう意味を持っているのでしょう。

木戸:自然と人との関わりは、具象抽象に限らず、大切にしているテーマですね。その点、海や山を題材にした作品は多いです。地球を大切にしなければ、自然と人との関係が壊れていくのではないか。そんなメッセージを作品に込めています。特に私が以前制作した「怒る海」は、海で生活できなくなった貝、貝殻を描いたもので、高度経済成長期の大気汚染や自然破壊を顧みない社会へのアンチテーゼとして生まれました。それは水の力を使って描いた作品です。

ゲルマー:タイトルだけで、自然が感情を持つ存在として迫ってくる。山の作品とは印象がまったく違うのに、根にあるテーマはつながっているように感じます。

木戸:そうです。表現は違っても、自然と人との関係をどう描くかは、いつも考えていますから。

ゲルマー:作品の意図はとても強く伝わってきます。それと同時に先生のお話を伺っていて感じるのは、何より制作そのものを楽しんでいらっしゃることです。

木戸:そうなんですよ。なるべく人がしていないことをしたいという気持ちがあります。ありきたりの素材より、使ったことのないものを絵に取り入れてみたら、もっと独創的になるのではないか。そんな気持ちで作品を作っています。ゴールのない世界ですからね。

ゲルマー:素晴らしいお言葉です。今後の制作についても伺いたいです。先生はこれから、どのような作品を描いていきたいとお考えですか。

木戸:「小さい作品でも大きな感動を」をテーマに作品を作っていきたいですね。ある意味作品が大きいだけで自然と迫力が出てしまうものなんですね。なので大きさに頼らなくても、説得力があって、見る人を感動させる力を持った作品を描きたいと思っています。

ゲルマー:もうすでに達成されているように、私は感じます。むしろ先生の作品は、サイズよりも“芯”が大きい。だから小さくても負けないのだと思います。

木戸:いえいえ、まだまだと思って精進していきますよ。

ゲルマー:先生は根っからの表現者だと思います。ところで、先生が絵を始められたきっかけも、とても気になります。いつ頃から描いていらっしゃるのでしょうか。

木戸:ずいぶん小さい頃から描いていました。私が小さい頃に過ごしていた家には、自分の寝室に六、七点ほど絵が飾ってあったんです。ゴッホやスーラのレプリカが額に入っていて、そういう作品を間近に見てきたものですから、気がついたら関心を抱いていました。弟が二人いますが、どちらも絵をやっています。昨年は地元で兄弟三人展も開催したんですよ。

ゲルマー:それは記事でも拝見しました。長洲町の三兄弟に、町長から感謝状が贈られたとか。町全体にとっての誇りになっている。すごくいいニュースだと思いました。

木戸:みていただきありがとうございます。兄弟たちと小さい頃から絵を描いていました。小学校三年生くらいだったと思います。スケッチ展に向けて絵を描いていたら、近所の方がたまたま見て、「その絵を売ってほしい」と頼まれたことがあったんですよ。でもそれはスケッチ展に出すものだから渡せない、と断ったんです。そしたら「見せてくれたお礼に」と言って、コッペパンを二ついただいた。そんな思い出があります。そういう経験もあって、絵を描くのが楽しいと思っていたのだと思います。小さい頃からいろいろな公募にも参加しました。

ゲルマー:評価やお金ではなく、まず“喜ばれた”という実感が残る。そういう幼い頃の手応えは、一生ものだと思います。そして先生は「もっと上手くなりたい」「もっと自由に表現したい」という欲求を、そのまま探究に変えてこられたのですね。

木戸:そうかもしれませんね。何より描くのが楽しかったですから。絵というのは、自分が感じたものを、まっさらなところから組み立てて、どんな表現を使って、どんなものを使って制作するか。思い描いたものが完成した時の達成感は大きいです。私の場合、考えることが八割で、描くことは二割くらいだと思います。

ゲルマー:制作の大半が“思考”というのは、先生の作品の密度を見れば納得です。画面の裏側に、決断の積み重ねが見えます。それにしても、作品はとても緻密に描き込まれていますよね。実際には制作にかなり時間がかかると思ってしまいました。

木戸:そんなことはありません。イメージが固まったら、あとは早いです。寝る間も忘れて描きますから(笑)。

ゲルマー:時間を忘れてひたすら没頭しているわけですね。先生との今日のお話は驚かされてばかりでした。これからもどうかご自愛いただきながら、制作を続けていただければと思います。次に先生が完成される作品を早く見てみてみたいです。まだまだお話を伺っていたいのですが、時間が来てしまったようです。本日は貴重なお話を本当にありがとうございました。

木戸:こちらこそ、あっという間の時間でした。またそのうち、続きを語れたら嬉しいです。ありがとうございました。

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